産婦人科のウラ 樫野貴之

2012年04月18日

第二話 妊娠に気づかない こども達-10代の出産-

年間の分娩数が700件以上もある中規模の産科外来をやっていると、紹介状持参の患者が来院することがある。近隣病院の先生方からの紹介状だ。今回のケースも、そのうちの一つである。

患者は高校3年生。(産科において不思議な事は、対象を「患者」と言って良いのかどうか分からないところだ)18歳。0経妊0経産(一度も妊娠したことがなく、一度も分娩したことがない、ということである)主訴は下腹部の違和感、妊娠34〜36週。

私宛の紹介状にはこう書いてある。

『お忙しいところ申し訳ありません。本日当院初診の方です。
 もともと生理不順で、最終月経は不確かなのですが○月頃との事です。
 ここ数日、下腹部の違和感があり近医内科へ受診したところ、
 超音波検査上、妊娠を強く疑うとの事で本日受診されました。
 胎児計測上、34〜36週と推定されます。尚、採血等初期検査は施行しておりません。
 患者に説明したところ○○病院での精密検査、分娩を希望されました。
 ご多忙のことと存じますが、御高診の程よろしくお願い申し上げます。』

わかりやすく言えば

「本人は腹部の違和感で受診しにきたのだが、調べてみたら彼女は妊娠していた。
 しかも臨月に近く、もうすぐ生まれる状態である。だから産婦人科で診てやってほしい。
 受診しにきた本人は、臨月近くにも関わらず"妊娠の自覚"がない。よろしく頼む。」

ということである。

紹介元の先生とは、昔、少しだが一緒に仕事をしたことがあり、大体のスキルは分かっている。そう間違えることはないだろう。ましてや、私よりも相当年上だ。

私は本人に話を聞く為、診察室に入ってもらった。
彼女は街にいる普通に可愛い女の子だった。ジーンズ地のつなぎを着ており、取り立てて派手でもなく、特にすれている感じでもない。
勢いで出来ちゃった婚をするような、やんちゃな感じでもない。ごく普通の、少しぽっちゃりとした少女だ。

「…え〜今回の妊娠に気づいたのはいつ頃の話かな?」
「昨日、お腹がなんかへんだなと思って病院にいったら、妊娠しているって言われて。それで初めて知りました。」 
「それまで、生理が来なかったよね。何か変だと思わなかった?」
「半年くらい来ないこともあるので、またそうかな〜と。何回か出血もあったし、それが生理かなと思っていました。量は少ないほうだから。」

…男性にはわからないかもしれないが、この感覚は特殊だ。
女性ならばどんなに「生理不順」な人であっても、3ヶ月も生理がないと大体不安になってくる。ましてや性交渉をもった相手がいるならば、1ヶ月生理がないだけでも大騒ぎするはずだ。これが一般的な女性の感覚だと思う。それが「半年なくても問題にしていなかった」というのは…精神的に幼いせいなのか。驚きである。

「そうか。でもね、お腹が大きくなってきたと思わなかったかな?」
「最近また太ってきたな〜と。」
「家族の人とか、不思議に思わっていなかった?」
「ううん。全然。」
「学校には行っているよね。体育の時とか、どうしていたのかな?」
「普通にしてました。でも、体育の授業は3ヶ月前で終わったので、なんともなかったです。」
「先生や、友達は、何か言っていなかったかな。」
「先生は分からなかったと思います。友達とは『最近太ったかも〜』って」
「お腹の中で、赤ちゃんが動いていたでしょう。分からなかった?」
「もともと便秘がちなので、お腹がゴロゴロ動いているのかと思ってました。」
「相手は、分かっている?」
「うーん…何となくあの人、と思う人が」
「…そうですか。とりあえず診察しましょう。」
「はい」


実にあっけらかんとしている。
事の重大さに気づいていない。いや、気づかない振りなのか。
相手も知り合いのようであるが、不特定多数の可能性も捨てきれない。

私は診察に入った。まずは経腹超音波検査。女性の腹部を超音波の端子で操作し、胎児の頭部、体幹、四肢、内部構造などさまざまな観察をする。羊水量や、胎盤の位置なども観察する。頭部と体幹、大腿骨で推定体重を計算し、おおよその週数を決定する。次に内診と経膣超音波検査。これは、膣に端子を直接挿入し、子宮口から映し出す方法である。子宮口が開いていないか、胎盤は子宮口にかかっていないか、など確認する。 昨今の産婦人科医なら、出来て当然の診察だ。

「確かに、紹介してくれた先生の診察通り35週くらいですね。こうなると、実際性交渉があった時期が○月×日近辺になるのだけれど心当たりはありますか?」
「その頃は、知り合いの人としかしてないから、間違いないと思います。」
「その前後は、他の人との性的な接触は?」
「ないです。」
「そうすると、その知り合いの人との子供である確率が非常に高いですね。相手の人は、このことを知っているかな。妊娠していることを。」
「いえ。私が知ったばかりだから。」
「そうすると、色々相談しないといけないね。まだ未成年だからね。相手の人は、成人かな?」
「はい。」
「じゃ、ご両親と色々相談して、話をしないといけないね。今日は妊娠初期にしなくてはならない検査を色々としますので、時間がかかりますが、受けていってください。」
「わかりました。ありがとうございます。」

本当に、まったく妊娠に気づいていなかったようである。
こういう場合、普通なら、泣きながら「先生、どうしたらいいのでしょう?」とか「堕胎することはできないのですか?」といった反応があるのものだが…それが、まったくない。実にあっけらかんとしている。この子が母親になるという点において、先行きが不安だ。

こういうケースでは大体、性交渉をもった相手と話がこじれる。
例え出産しても子供に対する愛情の欠落がみられたり、幼さ故に、痛みを伴う分娩そのものを受け入れらない事が往々にしてある。よって、生まれた子供は孤児院へ預けられてしまうことも多い。仮に孤児院に預けられても、彼らの人生が良いものになるとは必ずしも言えない。現在の日本では、一般家庭と比べ孤児に対して充分な環境を与えることが難しいし、生まれながら身寄りの居ない事で孤独や疎外感を味わったり、欲しいと思う愛情を得られず非行に走るケースも多い(もちろん例外も多いにあるが)。こうやって生まれた子供は、不幸な子供たちの予備軍になると考えられるのだ。昔から里子や孤児院といった制度はあるが…眼前に突きつけられると、考えさせられるものがある。他人事とはいえ、複雑な心境だ。


このケースにあたり、思い出したことがある。
まだ私が新人だった頃の話だ。
かつて勤めていた病院で、当直中、救急車からこんな依頼があった。
「17歳、自宅でシャワーを浴びている時に分娩、救急要請」
このケースも、本人が妊娠に全く気づいておらず、突然産まれた為パニックになり、自力で救急車を呼んだというものだった。

細かいことはさておき、本人の説明はこうだ。

1)妊娠には気づいていなかった。
2)お腹が痛くなることがたまにあったが、便秘がちなので気にしなかった。
3)生理不順で、もともと半年くらい無いこともあったりで気にしていなかった。
4)相手は良く分からない。
5) 不特定多数との性交渉があるが、風俗の仕事をしているわけではない。
6)シャワーを浴びていたため、破水したのが分からなかった。
7)お腹が痛くなり、力を入れたら、産まれた。

今では「そういうこともあるよね」と済ませられるほど経験値は上がったが、当時若かった私には何とも不可解で「こんなことがあるのか?」と、ある種のカルチャーショックに陥ったものだ。

この17歳の患者と、先述の18歳の患者には、いくつか共通点がある。

・患者はやや太め、痩せ型ではない。性格はおっとり型。
・元来の生理不順で、無月経に無頓着。
・とりたてて問題のある少女には見えない。
・不特定多数との性交渉があるようだが、それに対する罪悪感はない。
・相手に対する執着心もない。
・親は彼女達の動向を知らず、1人で来院している。

彼女達は実にあっけらかんとしていたが、それは、一種の防御反応であるとも考えられる。「妊娠しているかもしれない」と感じながらも、つらい、いや、面倒くさい現実から逃避したいと思うと、精神的な拒否反応がおこる。結果、自分の体に起こりつつある変化を「なかった事」にしたいと、彼女たちを無頓着にさせているとも考えられるのだが…それにしても何故、こうした「妊娠に気づかないこどもたち」が生まれてしまうのだろうか。

彼女達は「セックスすれば妊娠する可能性がある」ことは知っていたはずだ。しかし、現実の結果である「妊娠」と向き合う能力は欠如していた。そして「妊娠する」とどうなるか、こどもを産むということは、どういうことなのかを考える想像力にかけていた。命とは何かという倫理観も大きく欠如していたと考えられる。そこが、まず最初の問題と言えるだろう。

では、性に関する知識や、倫理を教えるのは誰か。
それは、家庭と、学校だ。

「性」に対する教えと言うと、教育関係のお偉方は、学校におけるシステム上の「性教育」とその内容に対する賛否を論じたがるが、これについては、今日まで明確な結論が出ていない。私に言わせれば、そんなことは当たり前だ。そもそも”これをやっておけば大丈夫”というような「理想の性教育」というものはない。むしろ、そんなものがあると信じている大人がいるならば、「お前たちは馬鹿か?」と言いやりたいぐらいだ。

考えてもみてほしい。
それぞれの家庭の背景は様々だ。家族構成、環境、経済、個人の発育状況。性教育を始めるのに最適な年齢と、伝えるべき内容は状況に応じて変わる。私は、学校における性教育は、家庭教育の上に成り立つ"補佐的な役割"としか考えていない。

こうした少女たちが生まれてしまったのは「親」のせいと考えている。
それも「力と質が極端に低下してしまった親」のせいであると。

性に対する知識は、本来であれば親が、自分のこどものタイプや性格を見極め「間違いがないように」「傷つくことがないように」と幼い頃から湾曲的教えていくべきものだ。

親は、こどもが未成年のうちは最大の関心を払う。自分のこどもの未来を案じ、多少傷ついたとしても致命傷は与えたくない、と願う。だからこそ「不用意な、不特定多数との性交渉は、自分を傷つける可能性がある」ことや、「恋愛感情のない相手との性交渉で妊娠すれば、その後の人生が大きく変わってしまうかもしれない」ことも、どうにかして教えるたがるはずだろう。

具体的に「性交渉をするな」「避妊をしろ」「相手を特定しろ」などと言えなくても、交友関係や活動時間など、こどもの周囲に気を払い「必要な躾」をしようとする。たとえこどもに反抗され、疎まれたとしても、大切なこどもを傷つけまいとする一心で、嫌われ役を買って出る。

しかし、最近の「質の悪い親」は、そうした躾をしようとしない。
私から見れば、愛情があるのかさえも疑わしく感じるぐらいだ。

“妊娠に気づかない少女達”の親は、彼女達の体の変化に気づかなかった。
これは、本人が気づかなかったことよりも大きな問題だと思う。
妊娠と出産の経験がある母親ならば、同じ女性として、彼女達の小さな変化を、見逃すはずがない。彼女達の「親」は、理由はどうあれ、彼女達に無関心だったのだ。

日々、産婦人科医としてたくさんの「親」と出会い、感じていることがある。

日本は、経済成長と共に変わり続けてきた。社会環境も、戦後劇的に変化した。国家観や教育方針など全てが変わり、個人主義が尊重されるようになった。その結果、家族とは何か、地域とは何かを理解しない、理解しようとさえしない人が増えた。「家族」とは、地域で生きていく際の最小単位だ。その家族との結びつき、ひとりの人間を育てあげるという親の責任を考えない親が増えた。こどもの幸せよりも、自分の幸せを考え、こどもに関心を持たない、愛情を持たない親も増えた。人間であれば本来持ち得るはずの、基本的で根本的な倫理観を持たない親が増えているように、私には感じられるのだ。

自分のこどもに無関心な親の増加が、命の重みをしらないこどもを作る。
そして、その子供がまた、無関心にこどもを産んでいく。

決して多いとは言わない。
しかし、悲しいかな、これが今日本に起こりつつある現実。
嘆かわしい、現実なのだ。
posted by 樫野貴之 at 17:29| Comment(10) | 産婦人科のウラ